“勉強に身を置く時間というのが、人間にとって最も価値がある投資だと思う。これは、たとえ就職してからも忘れてはいけない。自分の時間のうちある割合は、いつも勉強しよう。”
“そういえばインターネットを通じた参拝に対して神社本庁が「インターネットに神はいない」との見解を発表しているらしく、とにかく「インターネットに神はいない」という文言のコトダマ感がすごい”
“都民「都の少子化問題、高齢化問題とかをなんとかしてほしいです。施設の拡充とか」
候補1「原発を無くします!」
候補2「自民党と仲直りしました!」
候補3「尖閣を守ります!徴兵制度万歳!」
候補4「地震を起こさない装置を発明しました!」
都民「(。・ω・。)」”
“Tumblrはいつか消滅するに決まってるんだけど、そんなことは忘れてreblogしてればいい”
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(4)チェックリスト法

一般にチェックリストは,何事かを実施するとき抜け落ちがないように,リスト中の項目をひとつづつチェックし,確認していくための一覧表である.

 発想技法としてのチェックリスト法は新しい発想を見つけるために,さまざまな視点を切り替えるために使われる.オズボーンのチェックリストとして知られるものは次の9項目からなっている:

1. 他への転用はできないか? 
2. 他のものを応用できないか? 
3. 一部変更できないか? 
4. 拡大したら? 
5. 縮小したら? 
6. 代用したら?
7. 要素を並べ換えたら? 
8. 逆転したら? 
9. 結合したら?

“満たされる、というのは、『一緒になる』ということなんや。たとえば、人から愛されていると感じる時。人を愛していると感じる時。自分の幸せ以上に相手の幸せを思う時。自分よりも大事なものができた時。それは全部、『あなたと私は一緒です』ということを表してんねや。”

一般的に「自立」の反対語は「依存」だと勘違いされていますが、人間は物であったり人であったり、さまざまなものに依存しないと生きていけないんですよ。

東日本大震災のとき、私は職場である5階の研究室から逃げ遅れてしまいました。なぜかというと簡単で、エレベーターが止まってしまったからです。そのとき、逃げるということを可能にする“依存先”が、自分には少なかったことを知りました。エレベーターが止まっても、他の人は階段やはしごで逃げられます。5階から逃げるという行為に対して三つも依存先があります。ところが私にはエレベーターしかなかった。

これが障害の本質だと思うんです。つまり、“障害者”というのは、「依存先が限られてしまっている人たち」のこと。健常者は何にも頼らずに自立していて、障害者はいろいろなものに頼らないと生きていけない人だと勘違いされている。けれども真実は逆で、健常者はさまざまなものに依存できていて、障害者は限られたものにしか依存できていない。依存先を増やして、一つひとつへの依存度を浅くすると、何にも依存してないかのように錯覚できます。“健常者である”というのはまさにそういうことなのです。世の中のほとんどのものが健常者向けにデザインされていて、その便利さに依存していることを忘れているわけです。

実は膨大なものに依存しているのに、「私は何にも依存していない」と感じられる状態こそが、“自立”といわれる状態なのだろうと思います。だから、自立を目指すなら、むしろ依存先を増やさないといけない。

“伝統とは火を守ることであり、灰を崇拝することではない”
グスタフ・マーラー (via maako)
“あなた方はリア充やカップルを、まるで怪物か何かのように決め付けようとしているが、私は再三再四、そうではないと言い続けている。彼らは利口です。優れた知性を持ち、組織力があり、繁殖力がある。だからこそ危険だと申し上げているのです。”